幼児期の息子の奇妙な行動や癇癪には、どう対応すれば良いのか分からなくて、困って悩んで悲しくて、なにもできずに時間が過ぎていました。
姉たちの育ち方とは何か違う。
泣き叫んで暴れて手がつけられないこともある。
奇妙な行動もどんどん増える。
そんな息子を私が何とかせねばと思うだけで無知だったし、焦りもありました。
私なりに息子の子育てを頑張ったつもりだったんですけど、幼児期の取り組みは失敗だらけで、彼の行動を整えるどころか悪化させていました。
「こんな状態で知識をつけても無駄!かえって邪魔になる」と、指摘されるまでになっていたんです。
もう、爆弾落とされたみたいな衝撃でした。
自閉症の息子の行動を整えることは、最優先課題だったのです。
ということで、今回は自閉症の息子の行動を整えることが必要だった理由について書きます。
何のために息子の行動を整える必要があったか
癇癪をおこしたり、奇妙な行動をしたりする息子を見ていたら、今すぐ目の前の息子をなんとかしたい、なんとかせねばと目先のことしか見えてませんでした。
今すぐなんとかしようとジタバタやった結果、彼の行動は益々悪化しちゃったんです。
でも、私なりに頑張ってたので逆効果だったなんて気付いてませんでした。
自閉症の息子の行動を整えるのは将来のため、人と関わりながら外の社会で生きていくために必要なことだったんです。
- 自分勝手で指示にも従えない
- 思い通りにならないと癇癪をおこす
- 好きなことしかしない
そんな大人になってしまったら、誰にも相手にされないし、仕事もできない、迷惑をかけて人に嫌われることに・・・。
だから、息子にどんな大人になってほしいかを目標に、彼の行動を整える必要があったんです。
欲張ったら色々あるんですけど、大枠のところで以下の3つです。
- 好かれる人
- 役に立つ人
- 仕事ができる人
こんなホワンとした目標では大枠すぎるので、実際にはもっと具体的に取り組むことになったんですけどね。
幼児期の関わり方は失敗だった!
幼児期の関わり方が失敗だったと自覚できたのは、息子が7歳のときでした。
もっと早くに気付いていれば良かったのにと、思うこともあるんですが、もし気付いていても、気持ちに余裕がなかったから何もできなかったんじゃないかとも思うんです。
どんな失敗だったかお話ししますね。
言葉が通じずこちらの言うことを理解していないし、声かけしても無反応な息子だったけど、発達には個人差があるから、ちょっと遅いだけと自分に言い聞かせていました。
息子には障害があると認められるようになって、私が育てなきゃ!と前向きになれたのは、彼が3歳くらいのころだったと思います。
まだ自閉症と診断されていなかったけど、発達が遅れているのは明らかでした。
何か障害があるのだろうと認めたものの、賢そうな顔をしている息子を見ていると、小学生になるまでには追いつくんじゃないかとも思っていました。
私が育てなきゃと思たものの、何をすれば良いのか分からず、的外れなことばかりしていたんです。
知識さえつけば何とかなる
3歳頃の息子は、まだ喋ることができなかったので、言葉さえ分かるようになれば色んな事が解決するんじゃないかと思っていました。
今思えば、「言葉を教えなきゃ!言葉を理解させなきゃ!」と、躍起になっていたと思います。
年齢なりの知識さえつけば何とかなるのではと、学習させることに走ったんです。
息子の特性をよく知った上で、行動を整えながら学習させていれば問題なかったのですが、とにかく学習させなきゃと、彼の機嫌を取りながらの取り組みでした。
文字が読めても、数か数えられても、息子にとって役に立つものではなかったというか、知識をつけるだけではダメだったんです。
自分勝手でわがまま放題、人の指示には従えない、思い通りにならなかったら暴れる、そんな息子には、知識をつけても使えるようにはならないって気づいてなかったんです。
子ども扱いしていた
言葉も理解力も身辺自立も、はるかに遅れていた息子は、実年齢より幼稚に見えます。
実年齢より幼稚に見える息子に対して、過剰に子ども扱いしてしまいがちでした。
言葉が分からない赤ちゃんに接するような「赤ちゃん扱い」になることもありました。
特に、言葉が通じないので、赤ちゃんことばを使いがちになってしまいます。実年齢より幼稚なので、大きくなっても幼児語を使うようになってしまいます。
そうやって育てられて大人になった自閉症の人が、会社で上司に質問されたとき、「ピンポーン」って返事したなんてこともあるって聞かされました。
癇癪を起しそうなことを避けていた
癇癪をおこしたら大変だったので、息子が癇癪をおこす原因になりそうなことを避けていました。
二人の姉たちにも色んな事を我慢させて、彼が癇癪をおこさないように、機嫌を損ねないようにと、腫れ物に触るような感じだったんです。
癇癪をおこす原因を避ければ、その時は平穏を保てます。
でも、一生避け続けることはできないですよね。
身体が大きくなれば癇癪の度合いも大きくなります。
小さいうちは力づくで抑えられても、親より身体が大きくなっって力も強くなったら抑えることなんてできなくなります。
だからね、癇癪をおこすかもしれないからって避けちゃいけなかったんです。
避けるのじゃなくて、ぶつかりながら解決していくべきだったんです。
それが分かってないと、無意識に甘やかしすぎになり、わがまま放題で、思い通りにならないと癇癪を起して、是が非でもわがままを通そうと暴れるような子に育ってしまうんです。
7歳でそこに気付いたというか、気付かせてもらえたおかげで、軌道修正することができました。
あと数年遅かったら、今の彼はなかったかもしれません。
厳しい指摘をしてくれたのは・・・
「こんな状態で知識をつけても無駄!かえって邪魔になる」と、爆弾のような厳しい指摘で気付かせてくれたのは、自閉症の我が子を育てた小児科医の先輩お母さんでした。
頑張ってきたつもりのことが無駄だなんて言われたら、普通は怒りますよね。
大ショックだったんですが、頑張ってるのになんで上手くいかないんだろうと引っかかっていたものがポロっと取れた気もしました。
「今ならまだ間に合うわよ。」とも言ってくれたので、希望の光が見えたんです。
よし!戦うぞ!と、戦闘モードにスイッチが入りました。
こんな先輩お母さんに出会えたおかげで、自閉症の子育てのイロハを教えていただきながら、息子に向き合うことができました。
私も後輩お母さんに相談されることがあるんですけど、ズバッと指摘すると反感をかってしまうことがあって、自分の無力さを感じます。
そんなこともあって、自閉症の息子の子育てで、失敗したこと、上手くいったことをブログに綴っていこうと思い立ったしだいです。
まとめ
私は、自閉症の息子の行動を整えることが、最重要課題だと気付くまでに7年もかかってしまいました。
もっと早くに気付いていれば良かったのにと思う反面、幼児期の関わり方に大失敗したからこそ、最重要課題だと肝に命じることができたとも思っています。
知識や能力を伸ばしても、行動が整っていなければ社会で受け入れてもらえないですから、使うことはできません。
人として社会に受け入れてもらえるような人格に育てることを根幹にして、知識や能力を磨いていくことだと思います。
- 好かれる人
- 役に立つ人
- 仕事ができる人
私は、息子にこんな人に育ってほしいと願いました。
教えても教えても理解できず、何事もすぐにできるようにはならない息子だったので、上手くいかないときには、この思いに立ち返ることで諦めずに頑張れたんだと思います。
子どもの状態が悪いと、今すぐ何とかしたいと思うものなんですが、将来を見据えて対処することが欠かせないです。
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